
貞治*聖観世音菩薩
丸彫・65/50・文化2 年
駒ケ根市北ノ原個人墓地
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問 ②地蔵尊像の尼僧面立ち表現について
この小型延命地蔵尊は、元は東伊那の光福寺にあったが、廃寺となり無住となったため、善福寺に移管されたという。貞治が石工として活躍していたころ、光福寺は尼寺ではなかったか。貞治が高遠塩供と伊南方面への往復の途中尼寺に立ち寄り、住職に世話になったのではなかろうか。高齢で死去した比丘尼のため菩提を弔おうと無償で彫造したのではなかろうか。細工帳に記載がないのはそのためであろう。石仏がすすけているのは、長い間本尊と同じ須弥壇上に仏と同様にまつられていたためであったろう。菩薩像は、両性中間を表すとされるが、前記の経緯から尼僧の面影を貞治が表現したのだろう。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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