トップ>特集号>守屋貞治特集>ネット限定特集「高遠石工守屋家三代百年の足跡」>名工伝守屋貞治守屋家石工三代百年の足跡*田中清文>②「蓮華座花弁巻き返し」表現

(5)伊南のみに残る石仏表現
②「蓮華座花弁巻き返し」表現

 守屋貞治が伊南地域において彫造した石仏群のうち、旧上穂村原家の延命地蔵尊(頭部欠損)、北の原墓地に所在、宮田村田中の願主小町谷家の延命地蔵、光前寺浄雲塔(真応塔)である聖観音、駒ケ根市福岡(東)福沢家の聖観音、駒ケ根市東伊那大蔵寺の延命地蔵、松川町上片桐瑞応寺の延命地蔵の計6体が、蓮華座の花弁が裏側に巻き返し状になっている特異な表現方法をしている。
 この手の込んだ特別豪華に見せた蓮華座は、現存する他の貞治仏には見られない技法で、何か特別な意味合いがある石仏群であろうか。
 蓮華座の巻き返し表現を最初に注目したのは、貞治の祖父「貞七」作と思われる石仏7体に加工をしてあるのに気付いたのが最初であった。一般的に丸彫りの石仏に見る蓮華座下の台座(反花)に散見される装飾技法であり、蓮華座まで表現しているのはまれである。その後の調査で、貞七の他に貞治の父「孫兵衛」作と思われる石仏5体にも同様な蓮弁巻き返し表現が確認されたのである。
 以上12体の蓮弁巻き返し表現石仏と、貞治仏を対比したときに確認されたのが、前記6体の貞治仏であり、先祖石工との関連を考えるきっかけとなったのである。推察ではあるが、貞治作の蓮華座花弁巻き返し表現石仏6体は、祖父貞七、あるいは父孫兵衛が生前願主から制作依頼を受けていた未完の石仏を、先祖の死後に子の貞治が完成造立したものと考えたい。伊南地域でしか見られない特異な表現が、守屋家石工三代の系譜を示すものと考えるのである。そして、願主と貞七・孫兵衛の彫造の仲介役となっているのが、上穂の豪農当主「小町谷吉永」であったと推察される。蓮弁巻き返し表現石仏の願主や所在位置を検討すると、そのことがありありと見えてくるのである。

(5)伊南のみに残る石仏表現 ①「円形微笑型」表現 | (6)祖父「貞七」との関係を示す貞治の石仏・貞七彫造石仏の所在範囲
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