貞治の石仏*馬頭観世音菩薩 宮田村北割真慶寺

貞治*馬頭観世音菩薩
舟形光背半肉彫・130/90 ・享和元年
宮田村北割真慶寺
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問 ①宮田村の西国三十三観音造立について
上の写真は略式の巡礼供養塔である。「明和五年二月十五日」と陰刻した石塔で、駒ケ根市赤穂中割の堺沢家墓地内にあるもので「秩父・坂東・西国・善光寺三十三遍」と刻字されている。これと同じ供養塔が塩木休み堂にもあり、当時の民衆による信仰心の深さが推察される。江戸中期での、このような巡礼供養塔から「宮田村の西国三十三観音」のような村内を巡る形態へと移行していったのではないか。なお、同時期には高遠建福寺・駒ケ根市東伊那善福寺のような寺院境内一カ所に配置したものが一般的であったようである。宮田村の事例は、寄進した人々の住居や寺院墓地周辺が、造立の場所であったことを物語るものと思われるのである。
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