
貞治*千手観世音菩薩
舟形光背半肉彫・60
宮田村柏木全昌寺
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問 ①宮田村の西国三十三観音造立について
石仏全体を観察すると、鶴蔵の彫技は彫り込みが浅く締まりがない。石仏作品としては今一歩というところが、逆に有賀鶴蔵らしさといえるだろう。一方の貞治仏は細部まで彫刻していて、観音のお顔も品格があって優美である。貞治の技術を認めた有賀鶴蔵は、貞治の表現方法をまねて彫刻している。如意輪観音の右手首を顎にあてがうしぐさなどは、その代表例である。貞治が西国三十三観音造立に参加できたのは、寂応の口添えがあったからと思う。寂応は寛政4年に光前寺に入山している。8年後の寛政12年ごろには、宮田村の有力者や寺院住職とも顔見知りとなり、石工の貞治を紹介したものと考える。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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