
貞治*聖観世音菩薩
淨雲塔( 真応塔)
駒ケ根市赤穂光前寺
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問 ③貞治仏が飯島町にない理由について
石仏調査と並行し守屋家の家系調査を推進する過程に て、塩供守屋家墓地から新たに3人の存在が浮上したの であった。守屋家の菩提寺である高遠桂泉院の過去帳は すでに灰と化しているから、最後の手段として墓地調査 に踏み切ったのであった。そして「定七」 安永2年没、 「傳三郎」 文化5年没、「玄順」 文政6年没が確認されて、 次第に守屋家石工の全体像が見えてきたのであった。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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