
貞七*聖観音
舟形光背半肉彫・寛保3 年
駒ケ根市
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(2)細工帳と現地貞治仏の照合
文政年間以降、貞治の一番弟子の渋谷藤兵衛が、貞治に代わって石仏彫造したことを前項で述べた。そして、天保3年の貞治亡き後、伊那谷伊南の寺院にも多くの藤兵衛作の石仏を見いだすことも論述した。これらの研究結果は、初期の調査での判断ミスを訂正するもので、15年の歳月を経て認識できたのであった。したがって、貞治の「石仏菩薩細工」に記載なき類似石仏に対しては、よほどの注意・検討が重要であると考えられるのである。 そこで、細工帳と現地貞治仏の再照合を試みようとするものである。正確な確認調査を行うことによって、貞治の石仏彫造歴を把握し、貞治にとって伊那谷の伊南地域とはどのような土地であったのかを探ろうとした。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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