
貞七*馬頭観音
舟形光背半肉彫・80/65
飯島町田切追引
貞七の馬頭観音のうちでは比較 的大形のもの。ハート形の天衣が美しい。
◆
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
29
(4)貞治の石工歴3段階変遷 ②佉羅陀山地蔵菩薩の彫造
貞治が松村家と縁ができたのには、光前寺の寂応和尚の紹介が最初であったと推察する。そんな事情から先学の研究では、この地蔵尊のお顔は「寂応をモデルに造形している」とされるが、筆者は、寂応和尚より数代前の光前寺中興開山「尊応そんのう」と考える。なぜならば、田島松村家は尊応が生まれた家であるからだ。そして光前寺には、尊応和尚の木彫坐像が存在しているからである。光前寺略年表の記述によると、文化6年「松村理兵衛が尊応和尚の木像を寄進する」とあり、3年後に貞治が彫像した「佉羅陀山地蔵菩薩」と時期がちょうど符合するのだ。貞治は、松村家先祖供養のための地蔵尊像造立に際し、「尊応」の面影を同時に表現したのではなかろうか。そして、伊南地域で唯一この石仏に記名した理由についても、石仏彫造に掛ける信念と気概を感ずるのである。その背景には、祖父貞七との関係が大きく関わっている。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

![]()

![]()
![]()