
貞治*聖観世音菩薩
舟形半肉彫
伊那市高遠町桂泉院
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問
貞治が実質的に石仏彫像に取り掛かるのは、寛政12年の庚申年からのことであり、庚申塔3体以後には「宮田の西国三十三観音」の一部の観音彫像であり、享和年間中の3年間に宮田・西春近の寺院とその周辺に造立している。この西国巡礼観音33体の約8割方を請け元の有賀鶴蔵が彫刻しているものと推察される。貞治仏6体は、舟形光背の先端部に□番の刻字があることにより「宮田西国三十三観音」のうちの一部分を貞治が分担していると推測される。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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