
貞治*延命地蔵大菩薩
丸彫・69・文政3 年
伊那市高遠町桂泉院
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問 ①宮田村の西国三十三観音造立について
土岐禅躰寺西国三十三観音と正源寺の観音2体造立など、天明4・5年の最初の彫像を経て、高遠建福寺での六地蔵尊と、山門手前石段左の延命地蔵の大型立像を寛政年代前半(寛政4〜6年)に彫造・造立しているのであるが、貞治持ち前の品格と優美さは備わってはいない。 石仏作品に変化が表れるのは、寛政12年に至ってからで、上穂南町村中「庚申塔」文字碑と、上赤須福沢家墓地にある延命地蔵尊彫像が始まりであり、上片桐村竜泉寺の「庚申」文字碑と、続いて中川村田島理兵衛墓地入口に「青面金剛」を彫造している。これらは、いずれも駒ケ根市上穂の光前寺住職であった寂応和尚が仲介役となり、貞治に石仏彫造の指示を出したと想像される。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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