
貞治*十一面観世音菩薩
舟形光背半肉彫・130/40
伊那市西春近表木法音寺
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(7)伊南の貞治仏三つの疑問 ①宮田村の西国三十三観音造立について
寂応の生誕地は上片桐の宿場の中ほどにあり、田島の松村理兵衛とも近しい間柄であったと思う。郷里の先達「尊応」和尚の生まれた家であり、尊応住職代に雨乞い獅子舞に使用された「青獅子」の寄進が、光前寺文書に記録があるなど、尊応との関わりが深い田島松村家が寄進を申し出たと考えられるのである。その後の寂応の時代に守屋貞治を紹介し「青面金剛」像の彫像となったと考える。この経過については「名工伝守屋貞治(2)に詳述した。宮田村の西国三十三観音のうち、貞治が手掛けた6体は、青面金剛造立を前後した享和元年から始まった。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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