
貞治*聖観世音菩薩
丸彫・120/56 ・文政年間
駒ケ根市東伊那善福寺前庭
高遠石工について*竹入弘元より
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信州高遠石工の活動状況
高遠石工の活動は中世からと言われるが、活発化するのは江戸時代元禄ころ(西暦1700年)からで、寛政・文化 (1800年)ころを頂点に江戸時代末期まで続いたが、明治近くになると急激に減少した。石工は高給取りで、8日1分、 32日の労働で金一両。藩に運上金(営業税)を毎年一貫文納めるから貧乏藩は助かった。運上金の合計はもちろん年によっ て違うが、安政3年(1856)の例では藤沢郷は石切運上金が51両余で、旅稼4両・桶師4両等を大幅に上回り、運 上金総額74両の7割を占める。つづいては入野谷郷48両余、川下郷10両余。高遠藩全体では総額313両の内、石 切運上金が119両にのぼる。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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