
貞七*如意輪観音
舟形光背半肉彫・70
駒ケ根市赤穂 光前寺
名工伝 守屋貞治 守屋家石工三代百年の足跡*田中清文より
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(4)貞治の石工歴3段階変遷
貞治の石工歴研究で、特に注目したいのは、修業期と 研鑚期についてである。先学の研究では、石工の本場で あろう関西方面にて修業をしたとされていたものが、近 年の調査・研究によって、祖父貞七と父孫兵衛も石工で あったことなど考え合わせると、家族のうちの両者か、 またはそのうちの一人から、石工の手解きを受けたと考 えるのがごく自然だろう。私は、石工技術の初歩を学ん だのは、父の孫兵衛であったと思う。なぜならば祖父の 貞七は、年の半分も家に帰らないほど石工仕事に専念し ていたと考えるからだ。だが本当の意味での師匠は、祖 父の貞七であったと思う。直接石仏彫造上の教えを受け ていないにしても、修業期の後半から研鑚期にかけて、 伊南の各地に残る貞七作品を、自らの仕事の合間に見て 回って生かしているからだ。石仏作品の出来以上に、貞 七の彫造に掛ける意気込みを感じ取ったと思う。私は、 実地に伊南の地に残された両者の石仏を対比して、その ことがありありと見えてくるのであった。父の孫兵衛が亡くなる2年前ころより石工の初歩(基礎) を学び、貞 治の石仏第1作目の如意輪観音彫刻へと連なったと考え る。守屋家墓域に残るその石仏が、孫兵衛と貞治との関 係を物語っているのである。如意輪観音の目元表現が、 孫兵衛の特徴を示しているのだ。『伊那路』の特集号のテーマは、当会で特に重要と考える後世に伝えたい「上伊那の自然・歴史・考古・民俗・地理・芸術・芸能・人物・古文書」です。

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